三代目代表挨拶


我々は世界に無関心でいられても、無関係ではいられない。これはもはや当たり前のことだと言える時代にあるでしょう。しかし、無関心でさえいられない時代を迎えているということは、残念ながら広く認識されていることではないと言えるのではないでしょうか。

 

このような時代にあって、70億分の1である私たちひとりひとりが平和を考えることが求められていると考えます。我々日本学生平和学プラットフォーム(JSAPCS:ジュサパックス)はこの課題に応えるべく活動する学生NGO団体です。

 

弊団体は設立3年目を歩んでいます。これからも学問的立場から平和に貢献していくことを表明するとともに、ご支援いただいている皆様に御礼申し上げます。

 

 

 

さて、平和学とは何でしょうか。初代代表の挨拶でも語られていることではありますが、この団体としては「平和の達成において必要な学問・情報すべて」としています。

 

しかし、平和学の扱う範囲は多岐にわたります。平和学の捉え方は、平和学をする者それぞれの平和の定義に深く関わるからです。我々は多様なバックグラウンドを持った人々の間の建設的な議論を奨励します。

 

学生団体である我々は、議論の発生を促し、強力なリーダーからのトップダウン式ではなく、ボトムアップによる平和の構築を目指しています。これにより、容易に崩れ去ることのない「強固な」平和の状態を維持できると考えているのです。これを実現するためには民衆のレベルに議論を創造することが必要であり、その点においてJSAPCSは社会に貢献しうる有意な団体になると確信しています。

 

ここにお示ししましたように、弊団体は“学生”の名を冠しているものの、主催するイベントには高校生から社会人まで広くご参加いただけます。そして、“プラットフォーム”の名の通り、その場で出会った人々の繋がりを生む団体でありたいと願っています。これからも、より多くの方に弊団体を知っていただけるように邁進いたします。

 

 

 

ここで、ひとつ私の考えを紹介させてください。「群盲象を評す」というインドの古い寓話があります。この寓話の意味するところは、私が「平和学」をするときに大切にしている考え方です。この寓話について、簡単ではありますが説明を添えます。

 

盲目の人々のグループが、動物のゾウのある一部分のみに生まれて初めて触れて、ゾウを認識しようとした。

ゾウの耳に触れたグループは「ゾウは大きな団扇のようなものだ」と言い、脚に触れたグループは「丸太のようだ」、鼻に触れたグループは「太い蛇のようなものなのだろうか」などとそれぞれの触覚に頼った評価を下すだろう。

ここで、各グループをひとところに集めて「ゾウとは何か」について議論をさせる。すると、彼らは自分の触れた情報だけに頼ってゾウを語ることしかできない。故にグループ間のゾウの像について共通認識を得ることは叶わず、盲人たちは永遠に、「ゾウとは長い鼻と大きな耳を持った巨躯の動物である」という真実にたどり着くことはできない。

  

上記は独自の表現を用いており、やや正確ではない部分も含みますが、概要に大きな相違は無いはずです。

さて、これを平和学に引きつけて考えます。前述のとおり、我々はそれぞれ独自の平和学の捉え方を持っているはずです。また、ある平和に関する問題について全く共通の見解を持っている人に出会うことは非常に稀です。

 

概して、議論が白熱すればするほど、自らの問題意識に囚われ、凝り固まったものの見方しかできなくなってしまうものです。ことに平和のような壮大で複雑な分野の議論においては、全体を俯瞰して捉えることは困難です。つまり、我々は「盲人」である状態から抜け出せないのです。あるいはそれに気づくことすらできない場合もあります。

 

「盲人」たちが「ゾウ」にたどり着くただ一つの方法は、他のグループの評価に耳を傾けることでした。私はこれに倣い、月並みな表現ではありますが、他人の意見を軽んじることなく、また自分の意見を押し付けないような議論の展開を心がけています。「盲人」という自らの写し鏡を認識することで、この姿勢を保つ一助になると考えているのです。

 

弊団体にお越しいただく際は、ぜひあなたの「平和学」や問題意識を持ってきてください。「ゾウ」の異なる部分に触れたグループが多いほど、「真実」にたどり着く可能性は上がるはずなのです。

 

 

 

最後に、我々 JSAPCS が最も大切にしている理念である、中立性について申し上げます。

弊団体は中立性を掲げています。これは、「団体として特定の政治的・宗教的主張は支持しません。感情論ではなく、論理的な議論を奨励し、多様な主張を尊重します。」という言葉によく表されています。

 

悲しいことに、「平和」をテーマにする団体が、日本の社会ではある種の冷ややかな目で見られることがあるのは事実だと言えるでしょう。ひどいときには平和の希求を標榜することで「偏り」のレッテルを貼られてしまうこともあります。

 

これは、平和についての議論がタブーとは言わないまでも、触れがたいものであるかのような扱いを受けていることに起因していると考えます。そして、その元を辿れば、既存の「平和」を掲げる団体の中に、政治的・宗教的信念に基づいた活動をするものがあまりに多いことが原因だということに気が付きます。

 

JSAPCSは団体としての主義・主張はもたず、あくまで議論の場を提供することに徹します。我々は、各企画の催行に際して、中立性の保持に細心の注意を払っています。特定の考えに偏っていない団体であり続けることで、誰もが安心して議論できる場を作り続けていく所存です。そして、平和に関する議論をより身近なものにしていくことが究極的な目標であり、使命であると考えているのです。

 

 

 

終わりになりましたが、平和は人々の熱意によりもたらされるものです。学生である我々は、人一倍の熱意を皆様にお届けいたします。至らぬ点は多々あることと存じますが、これからも弊団体をご支援とご協力をいただけますと幸いです。そして、我々の理念にご共感いただけるのであれば、これ以上の喜びはありません。

 

2017年4月1日

日本学生平和学プラットフォーム 三代目代表

 鳥居 慎太郎


団体創設者、初代代表、菅生零王の挨拶はこちらです。

二代目代表、黒岩愛の挨拶はこちらです。